障害者の中で「生活保護から抜け出したい」と考える人はどの位いるでしょう。「生活保護のままでいい」と考える人も意外に少なくないのではないでしょうか。
これは日本の生活保護制度と障害者福祉制度の現状、そして実際に生活保護を抜け出した事例を見ていると、そう思えてくるのです。
では、障害者の方が生活保護から抜け出すにはどうしたらよいのか。今回は生活保護を受ける障害者の実態を踏まえて、生活保護から抜け出すために具体的に何が必要なのかを考えていきます。
目次
厚生労働省が公表する調査データによると、平成31年1月時点での生活保護世帯は以下のようになっています。
<世帯種別:世帯数(総数に対する構成割合)>
総数:162万9478世帯
┗高齢者世帯:88万2134世帯(54.1%)
┗単身世帯:80万5795世帯(49.5%)
┗2人以上の世帯:7万6339世帯(4.7%)
┗高齢者世帯を除く世帯:74万7344世帯(45.9%)
┗母子世帯:8万6663世帯(5.3%)
┗障害者・傷病者世帯:41万3353世帯(25.4%)
┗その他の世帯:24万7328世帯(15.2%)【参考】厚生労働省「被保護者調査:調査の結果」
高齢者世帯と高齢者以外で生活保護を受ける世帯はおおよそ半々ですが、障害者・傷病者世帯が全体の25%ですから生活保護世帯の4世帯に1世帯は障害者・傷病者世帯ということになります。
このデータに加えて、平成29年度までの生活保護世帯数の推移が以下です。
精神障害者に対する理解や認知の広まりにより、障害認定される人が増えたと一般的には言われています。ただ平成22年度までは生活保護世帯は増えていたものの、障害者・傷病者世帯が一貫して増え続けたという事実はありません。むしろ、ここ数年の間に数百世帯単位で減り続けています。
障害者の生活保護世帯は減少したように見えますが、実は減少したのは傷病者の生活保護世帯であり、実は障害者の生活保護世帯は増えています。
【出典】厚生労働省「被保護者調査:調査の結果」より独自に作成
データだけ見た時、「障害者数の増加」が一つの要因として考えられますが、実際の障害者数の推移を見てみましょう。
障害者の総数は明らかに増えていますが、これは高齢者の増加に伴い心臓や呼吸器系、消化機能などの内部障害者の数が増えたことが要因です。
肢体不自由や視覚、聴覚などの障害者が急激に増加したわけではありませんが、障害者世帯が増えたということは障害者生活保護増加の一要因と言えそうです。
ただ、そもそも障害者には「障害年金」があるはずです。それにも関わらず障害者の生活保護世帯が増えているのは、受給できる金額の違いが要因と言えるでしょう。
たとえば、障害年金は2級障害の単身者で約78万円、重度障害であっても約97万円が基本で、月額に直すと6.5~8万円程度の額にしかなりません。
それに対し、生活保護は生活扶助と住宅扶助を合わせた基礎扶助額が優に10万円を超える上、状況によっては障害年金と同時需給も可能です。
「貰えるものは貰おう」というのは当然の心理ですが、特に情報社会となった今、より有利な選択をする人が増えた結果、生活保護受給者も増えたと言えるのではないでしょうか。
これまでのデータを見る限り、障害者の生活保護は増え続けるばかりのように思えるでしょう。実際には生活保護を抜け出すことに成功した事例もありますが、それが必ずしも明るい話題とは言えません。
そこで、実際に生活保護を抜け出したとされる2名の事例をご紹介します。
以下はYahoo!知恵袋の「生活保護から抜けた人の体験談を聞きたいです」という質問に対する回答を要約してご紹介します。
うつ病により職を失いつつも、福祉施設の支援などを受けて生活保護から抜け出したという事例です。内容を見る限り非常に前向きな生活を送られているように感じます。
しかし、生活保護を抜け出しても不安を抱えながら働く人もいます。
以下はNEWSポストセブンの記事で紹介されている事例です。同じく内容を要約してご紹介します。
生活保護から抜け出したこれらの事例で登場する両名の心境は「生活保護より働いて稼ぐほうが楽しい」「生活保護でいたほうが楽だ」と真逆です。
個々の事情が違うため、生活保護から抜け出した方が良いのか、そのまま生活保護を受けるべきかは一概に言えませんが、生活保護から抜け出した後のことを事前にシミュレーションすることが大切と言えそうです。
先の事例で「生活保護を貰って就労支援施設で働いていたほうが楽だ」と語る人が不安に思われていることは主に以下の3つです。
もちろん生活保護から抜け出せない事情は人により違いますから上記が全てではありませんが、「働いて稼いだ方が楽しい」という人がいる反面、「生活保護でいた方が楽」と考える人がいるのも事実です。
では、生活保護から抜け出して前向きな生活を送るにはどうすればよいのでしょう。安易に「社会側が変わるしかない」と言ってしまえば簡単ですが、障害者側にできることはないのでしょうか。
生活保護を受けている障害者が語る不安を解消することで問題を解決できるのだとすれば、重要なポイントは以下2つです。
昨今では就労支援制度等の充実や障害者雇用率制度により企業側の障害者を受け入れる姿勢にも変化がみられるようになりました。だからと言って、生活保護より収入が多い仕事が簡単に見つかるとは言いきれません。
少なくとも「生活保護から抜け出す!」ということにだけ焦点を合わせて、給与の少ない仕事に就いたのでは本末転倒です。バタバタ就職して生活保護に戻ってしまうことのないよう、生活保護から脱却後の支出と収入のバランスを事前にシミュレーションすることが重要なのです。
社会全体として障害者への理解は徐々に深まってきていますし、障害を理由に給与を少なくしたり不利な雇用条件にしたりするのも法律で禁じられています。
ただ、障害者の受け入れ準備や合理的配慮の体制が整っていない会社はまだまだ多く、企業のトップが障害者への理解を示していることと社内での理解があるかどうかは必ずしも一致しません。
就職を検討する会社の障害者雇用への取り組み状況は事前にしっかり確認し、相談できる人がいるなら第三者的な視点で判断を仰ぎつつ、自分一人で決めないようにするのも良いでしょう。
どちらも簡単に満たせる条件ではないかもしれませんが、昨今の障害者福祉の状況を見る限り可能性がゼロではありませんし、障害者雇用率制度により企業側の障害者を受け入れる姿勢も徐々に整いつつあります。
自分自身の生活不安に加えて「仕事がなくなるかもしれない」という不安まで抱えてしまわないよう、就職する会社を見極める目というのが、生活保護から脱却するための大事なポイントと言えるのではないでしょうか。